SAYi JOURNAL
平安貴族の「通い婚」。夫婦はずっと別居だった?
「通い婚」と聞くと、夫婦が別々の家に住み、男性が夜だけ会いに来る姿を思い浮かべませんか。でも、平安時代の貴族の結婚を、それだけで説明することはできません。同じ家で暮らす夫婦もいました。
最終更新:2026年10月4日

同居する家を、妻側が用意することもあった
平安中期の婚姻を調べた青島麻子氏の博士論文要旨では、夫婦が同居する邸宅を、妻側が用意する例も、夫側が用意する例も確認されています。[1] 「男性が女性のもとへ行く」という説明から、一生別居の夫婦ばかりだったと考えると、こうした暮らしが抜け落ちてしまいます。
「妻の家で暮らす」と「妻の家を訪ねる」。似ているようでも、前者では二人が日々の生活を共にしています。家を用意したのがどちらかと、夫婦が同居していたかは、分けて読んだほうが正確です。
古典の解説で「通い婚」が出てきたら、まず、その説明がいつの時点を指しているかを見てみてください。通っている時期の話なのか、その後の暮らしまで含めているのか。「結婚の形」の一言では見えなかった違いが分かります。
結婚の儀式も、時期によって変わっている
住まいに限らず、「平安時代はこうだった」とまとめると分かりにくくなることがあります。例えば、結婚の儀式です。
小島麻子(青島麻子)氏の研究報告では、10世紀半ばから11世紀初めには婚儀を3日間かけて行う慣習があった一方、11世紀末の一般貴族層では1日で終えるようになったとされています。[2] 昔の結婚にも、時期による変化があったのです。
これは、当時の記録や儀式の作法を記した書物を調べた研究です。全国の人々を調査した結果ではありません。貴族の暮らしについての説明を、そのまま当時の日本人全員の話に広げないことも、読んでいくうえで大事な点です。
『源氏物語』の恋は、物語としても読む
では、『源氏物語』に描かれた夫婦なら、当時の結婚のお手本になるのでしょうか。
青島氏は、物語を歴史上の記録と同じように扱うことに疑問を持ち、当時の慣習を踏まえたうえで、作品があえてどんな結婚を描いているかを研究しています。[3] 登場人物の暮らし方には、その作品ならではの理由もあるわけです。
物語の一場面から「当時の人はみんなこうだった」と決めるより、「この人がこの家にいることで、誰と会えたり、会えなかったりするのだろう」と読んでみる。恋の相手だけでなく、住まいに注目すると、登場人物の距離や不自由さも気になってきます。
別居だったかどうかだけで、恋愛の自由さまで決まるわけではありません。二人はどこで暮らしているのか。家族はどう関わっているのか。その場面で、本人は何を望んでいるのか。古典を読むとき、こんな問いを一つ持ってみると、恋物語の違うところが目に入りそうです。
参考資料・関連する利用案内
資料の確認日:2026年10月4日
- [1] 青島麻子:婚姻研究に見る源氏物語論(東京大学・博士論文要旨)
公開されている要旨の第1部第1章を参照。平安中期の夫婦同居と邸宅についての研究内容を確認しました。博士論文の全文を読んだものではありません。
- [2] 小島麻子(青島麻子):婚姻研究の観点から見た平安朝物語の研究
2016〜2017年度の研究、2018年6月12日現在の成果報告書。PDF 3ページ目の婚姻儀礼の変化を参照。主に平安期の貴族の記録を扱う研究で、現在の調査や全国民の婚姻実態を示す統計ではありません。
- [3] 聖心女子大学・青島麻子:平安時代の結婚って?―文学と歴史の関係性
研究者自身の研究紹介。文学作品と歴史上の記録を区別して読む観点を参照。本文に公開日の表示は確認できませんでした。
- 着想のきっかけ:SAYi公式note「平安時代の恋愛、今より自由だった?」
2026年9月23日公開。歴史から恋愛の「普通」を考える問いを受け、この記事では同居・時期・物語の違いに絞って資料を確認しました。noteの文言や例は転載していません。